「歌は上手くない」山口百恵がスターになれた理由とは?
「歌は上手くない。ただ…」芸能界のドン・バーニング周防郁雄氏がどうしても欲しかった『のちの超有名アイドル』の正体
目次
- 1: 芸能界の“ドン”が見抜いたスター──山口百恵の原点
- 2: SNSの反応──称賛と疑問が交錯する“スターの定義”
- 3: もしも山口百恵が“歌唱力重視”の時代にデビューしていたら?
- 4: ラジオ形式トーク(ふもとあさと&仲間たち)
芸能界の“ドン”が見抜いたスター──山口百恵の原点
「歌は上手くない。ただ…」──この言葉に込められた“ただ”の部分こそが、昭和の芸能界でスターになるための鍵だった。
文春の報道によれば、芸能界のドン・周防郁雄氏は、オーディション番組『スター誕生!』で山口百恵の歌唱力に疑問を抱きながらも、その存在感に強く惹かれ「どうしても欲しい」と語ったという。
1970年代当時、芸能界では歌の技術よりも、視聴者の心を掴む“物語性”こそがスターの条件とされていた。百恵の持つ“空気を変える力”は、まさにその象徴だったのだ。
この証言は、芸能界の裏側とスター育成の価値基準がいかに変遷してきたかを物語る、貴重なエピソードである。
SNSの反応──称賛と疑問が交錯する“スターの定義”
山口百恵の“歌以外の魅力”に注目した周防氏の眼力は、ネット上でも話題を呼んでいる。
X(旧Twitter)では「歌が下手でも惹きつけるのが本物のスター」「周防氏の審美眼は本物」といった称賛の声が多く見られた。特に、百恵の“空気を変える力”に共感する投稿が目立ち、「今のアイドルにはない圧がある」といったコメントも散見される。
一方で、「結局はゴリ押しでは?」「スター性って曖昧すぎる」といった冷ややかな意見も根強い。“歌が下手でも売れる”という構造に疑問を呈する声や、「業界の力学で決まるなら、オーディションの意味は?」といった批判も交錯している。
さらに、SNSでは昭和と令和のスター像の違いに関する議論も活発だ。「今ならAIで分析されて落とされてたかも」「逆にSNSでバズって即デビューしてたかも」といった“もしも”の視点も加わり、スターの定義そのものが揺らいでいる。昭和の“存在感”と令和の“拡散力”──その違いに、時代の変化がにじむ。
もしも山口百恵が“歌唱力重視”の時代にデビューしていたら?
もし山口百恵が、今の“歌唱力重視”の時代にオーディションを受けていたら──その未来は、少し違っていたかもしれない。技術不足を理由に一次審査で落選し、「なんでこんな子が応募してるの?」とSNSで炎上していた可能性もある。
今の時代は、数字や分析で“正しさ”が判断される世界。存在感や空気感といった曖昧な魅力は、評価されにくい。
でも、だからこそ想像したい“もしも”がある。TikTokで語り動画がバズり、「この子、なんか気になる」と拡散され、歌手ではなく“ドキュメンタリー女優”として再評価される──そんな展開もあり得るのだ。
歌ではなく、言葉と表情で物語を語る百恵。それはそれで、現代のスター像にぴったりかもしれない。
そんな未来がもし現実になったら──ちょっと感動的ですよね。昭和のスターが、令和のSNSで再び輝く。時代が違っても、人を惹きつける力は、きっと変わらない。
ラジオ形式トーク(ふもとあさと&仲間たち)
さて、今日のテーマは山口百恵さんのスター性について。いや〜、文春の記事、びっくりしましたよ。「歌は上手くない。ただ…」って、あの百恵さんに対してそんな評価だったとは。
そうなんです。芸能界のドン・周防郁雄氏が、オーディション番組『スター誕生!』で山口百恵さんを見たとき、「歌唱力はないけど、どうしても欲しい」と言ったという証言が紹介されていました。
技術的に言えば、当時の百恵さんはボーカル訓練を受けていない状態。音程の安定性や声量は未熟だったとされます。しかし、彼女には“空気を変える力”があった。それが、周防氏の審美眼に引っかかったわけです。
