明治の娼妓は“自撮り文化”の先駆者だった?写真ブロマイドの意外な役割

《バストアップだけでなく、ユニークなものも…》写真が極めて高価だった明治時代に“娼妓”が自ら写真館を訪れてブロマイドをつくっていた“意外なワケ”〈画像あり〉

https://bunshun.jp/articles/-/85330

明治時代、娼妓が高価な写真館へ自ら足を運び、ブロマイドを作っていた事実が注目されている。写真が贅沢品だった時代に、なぜ彼女たちは撮影を選んだのか。その背景と意外な自己表現文化を探る。

目次

  • 1: ニュース解説:娼妓が高価な写真館へ通った“意外な理由”
  • 2: ネットの反応:主体性を評価する声と“美化”への警戒感
  • 3: もしも:明治に“バズ写真文化”が存在していたら?
  • 4: ラジオ形式トーク(ふもとあさと&仲間たち)

ニュース解説:娼妓が高価な写真館へ通った“意外な理由”

明治時代、娼妓(しょうぎ)たちが自ら写真館へ足を運び、当時としては破格に高いブロマイドを作っていた――そんなニュースが静かに注目を集めています。写真がまだ贅沢品だった時代に、なぜ彼女たちは進んでレンズの前に立ったのか。その背景には、芸娼妓解放令後も続いた借金制度や、遊郭同士の激しい競争といった社会構造がありました。

写真は単なる記念ではなく、客を引きつけるための広告として機能し、いわば現代のプロフィール写真宣材の役割を果たしていたのです。そこには、受動的な存在として語られがちな娼妓の、意外なほど能動的な自己ブランディングの姿が浮かび上がります。

こうしたブロマイドは、写真史の中でも早い段階で「個人が自分をどう見せたいか」を形にした例として位置づけられ、今後は遊郭研究だけでなく、ジェンダー観労働史を読み解く貴重な資料としても注目が高まりそうです。

ネットの反応:主体性を評価する声と“美化”への警戒感

今回のニュースに対して、SNSではさまざまな声が飛び交っています。まず目立ったのは、娼妓たちが写真を使って自分を表現しようとした点を評価するポジティブな反応です。「明治の人ってこんなに工夫してたのか」「当時の写真文化がこんな形で広がっていたとは」と、主体性や創意工夫に驚くコメントが多く見られました。

一方で、「自由に選べたわけではない」「写真を撮れたのはごく一部の人気娼妓だけ」といった、構造的な問題を指摘する慎重な声も少なくありません。娼妓の置かれた状況を過度に美化することへの警戒感も根強く、歴史的背景を踏まえた冷静な視点が求められるという意見もあります。

全体としては、事実そのものへの興味と、当時の社会構造への配慮が同時に存在する“二極化した空気”が広がっており、単なる「面白トリビア」では終わらない奥行きのある議論が展開されている印象です。

もしも:明治に“バズ写真文化”が存在していたら?

もし明治の時代に、いまのSNSのようなバズ文化が存在していたらどうなっていたのでしょうか。娼妓たちが写真で人気を競い合う、いわば明治版インフルエンサー文化が生まれていたかもしれません。

写真館の前には、お気に入りのポーズを研究する女性たちの行列ができ、街では「この子のブロマイドがいま一番売れているらしい」と噂が広がる。流行のポーズが次々と生まれ、一般の女性たちがそれを模倣して撮影する――そんな光景が浮かんできます。

もし本当にそんな文化が育っていたら、日本の写真史自己表現史は、今とはまったく違う形になっていたのかもしれません。こんな“もしも”の世界、ちょっと見てみたいですよね。

ラジオ形式トーク(ふもとあさと&仲間たち)

あさと

さて、ここまで「明治の娼妓が自ら写真館へ行ってブロマイドを作っていた」という、なかなかインパクトのある話を追ってきましたが……琳琳さん、改めて前半のポイントを振り返ってもらえますか。

琳琳

はい。明治時代、写真は今のように気軽に撮れるものではなく、かなり高価な贅沢品でした。それでも娼妓たちは自ら写真館へ足を運び、宣材としてブロマイドを作っていたんです。背景には、遊郭同士の競争や、客を引きつけるための広告的な役割があったと考えられています。

そしてSNSでは、主体的に自己表現していたというポジティブな評価と、当時の厳しい労働環境を踏まえて美化しすぎるのは危険だという慎重な意見が、両方見られました。

あさと

なるほどねぇ。明治の写真文化って、思っていたよりずっと“現代っぽい”動きがあったんだなあ。

ロン

技術的に見ても興味深いですね。当時の写真館は、今でいう“スタジオ撮影”の原型です。照明、小道具、背景布……いわばプリクラ機のご先祖様のようなものです。娼妓たちが「盛れる角度」を研究していたという記録もあり、現代のインフルエンサー文化と構造が似ています。

あさと

でもさ、もし明治にSNSがあったら、絶対バズってたよね。「今日の新作ブロマイドです!」みたいな。

琳琳

ありそうです。写真館の前に行列ができて、「このポーズが流行ってるらしいよ」なんて噂が広がる世界……ちょっと見てみたいです。

ロン

アルゴリズム的には、人気の娼妓の写真が“おすすめ”に大量に出てきて、街の女性たちがそれを模倣して撮影する……完全に現代のトレンド生成モデルと同じ動きです。

あさと

ロン、急に現代的な分析を挟んでくるなあ。でも確かに、明治の人たちも「映える」って感覚はあったのかもしれないね。

琳琳

そう思います。写真って、単なる記録じゃなくて“どう見られたいか”を形にする道具ですから。時代が違っても、そこは共通しているのかもしれません。

あさと

さて、そろそろまとめに入りましょうか。今回のテーマは「明治の娼妓と写真ブロマイド」。琳琳さん、ポイントをお願いします。

琳琳

はい。まず、娼妓が自ら写真館へ行ってブロマイドを作っていたという事実は、当時の社会構造と写真文化の広がりを示す貴重な資料です。写真が高価だったにもかかわらず、宣材として活用していた点は、現代の自己ブランディング文化にも通じます。

また、SNS上では主体性を評価する声と、美化への警戒感が共存しており、歴史を読み解く際のバランス感覚が求められていることも分かりました。

ロン

技術史的にも、明治のブロマイド文化は“初期の自己表現メディア”として重要です。写真史ジェンダー史労働史の観点からも、今後さらに研究が進むでしょう。

あさと

つまり、明治の娼妓たちは、時代を超えて“自撮り文化”の先駆者だったのかもしれない、と。写真ブロマイドに残された姿は、単なる記念じゃなくて、彼女たちの生き方そのものだったわけですね。今日もいい“へえ〜!”をいただきました。

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